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上原善広 blog

プロフィール

ブログ名
上原善広 blog
ブログ紹介
何となく面白いので、壁紙をいろいろと変えてみることにしました。評判を聞いてから、またいずれ元のシンプル・デザインに戻しますが、まあ、しばらくは遊んでもいいかなと。。。

←写真は、イスタンブールで宿泊していた旧市街にあるプチ・ホテル。もうすでに散らかっていますが。。。仕事ができるようにと、この部屋を選んだのですが、風光明媚すぎて、仕事どころかずっと窓の外を見ていました。窓からはボスフォラス海峡、アジア側の大陸がのぞめました。

新刊予告
『日本の路地を旅する』
文藝春秋社
13年をかけて日本全国の路地(被差別部落)をルポした
私的ノンフィクション。12月16日発売予定。

著書
・「被差別の食卓」
・「聖路加病院・訪問看護科」(以上、新潮新書)
・「コリアン部落」(ミリオン出版)

『JDT 日本の路地を歩く』 実話ナックルズ連載中
(毎月30日全国のコンビニで発売 連載もうすぐ8年目)
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イスタンブール 最後の晩餐編

2009/11/21 00:00
イスタンブールから戻りました。

飛行機ではなかなか眠れない人なので、
ずっと新刊の「芥川龍之介書簡集」(岩波文庫)を読んでました。

もっとも心に残った芥川龍之介の一言。。。

「ぼくのやっている商売は今の日本で一番金にならない商売です」

付き合っていた将来の夫人宛てに出した手紙の一節です。
芥川の自殺は「将来の経済状態に対する不安でもあった」
そう書いたのは松本清張だったと思いますが、
まあ、昔も今も、あまり変わらないなーというところでしょうか。

あと、持っていった本は「シャンパン・スパイ」。

モサド(イスラエル諜報部員)のエリート・スパイが
エジプトでスパイとして活動していたものの逮捕され、
数年間、獄中にいた後、釈放されるまでの長い話。

「スパイ小説」というジャンルがありますが、
私見ではスパイ物もノンフィクションの醍醐味には負けると思います。

みなさんはどうでしょうか。
どちらにしても、エジプトで読むとなかなか刺激的な本でした。

それにしても「インテリジェンス」という言葉が流行ってますね。
意味を調べてみると、知性.知能.情報・知識を操作する能力、
それを応用して軍事上の秘密情報.諜報部員などを指すときもあるようです。

画像
写真は、毎日のように飲んでいたトルコ・ティ。
茶碗のようにもって飲みます。











帰り際、ガラタ橋の下のレストランでイスタンブール最後の晩餐をしました。
メニュは以前にも食べた「ムール貝のフライ」と、「カタクチイワシのフライ」です。

これに焼きたてのパンと白ワイン。
あまり知られていませんが、トルコはパンがとてもおいしい国です。

ここにはレストランが密集しているので、どこに入ろうか迷うのですが、
人がいるところを選んで入ったところ、デジャヴに襲われました。

よーく思い出してみると、なんと、五年前にも入った同じレストランでした。
人間って、あまり進歩しないんですねえ。

しかし、このレストランはうまいので、入ってよかったです。
ぼくが入ってしばらくすると、満員になったのでもそれがわかります。
やはり一見の場合は、ある程度人が入ったレストランを選ぶようにしましょう。

それにしても「ムール貝のフライ」は、日本ではほとんど見ないだけに絶品です。
さっぱりした「カキ・フライ」のような味ですね。

それからホテルに戻って荷物をピックアップして、空港へ向いました。
成田行きだったので、日本人ツアー客でごったがえしていました。

イスタンブールはとても忙しかったので、
今度はゆっくり滞在したいと思います


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イスタンブールB 

2009/11/19 00:00
トルコは、アジアとヨーロッパをつなぐ中間的な国です。
文化も、大まかにいって中間に位置しています。

イスタンブールにアジア側とヨーロッパ側があることでも、
それがわかります。

隣国ブルガリアにも、中東の象徴であるイスラムの影響がありますね。

この混沌さこそが、
トルコとその首都イスタンブールの魅力でもあります。

中東にきたらぼくが楽しみにしているのは、
小さなグラスで出されるシャイ(紅茶)です。

シャイというのは、言葉を仕事としている人間にはとても面白くて、

チャ(日本)→チャイ(インド)→シャイ(中東)→ティ

と、まあだいたいこういう風に呼び名が変わっていきます。

シャイも、同じ中東では多少の違いがあり、
イラクやエジプト、イスタンブールではブラック・ティ(ストレート・ティ)で、
小さな耐熱グラスに入れて出されますが、
パレスチナ(イスラエル)では、ここに生のミント葉を入れます。

これが、とてつもなくうまい。

砂糖が底にたまるくらい入れますが、紅茶を濃く入れているので、
甘くてもおいしく飲めます。

逆に砂糖を入れないと、苦くて飲めないくらいです。

これはキューバもよく似ていて、こちらはエスプレッソ・コーヒーですが、
信じられないくらい砂糖を入れます。

しかし、これがとてつもなくうまい。

朝方、ホテル近くの茶店で、
このキューバコーヒーをキュッと一杯引っ掛けると、
目がとてもよく覚めるので、毎日飲んでいました。

以来、ぼくはストレート・ティとエスプレッソが出てくると、
砂糖をたくさん入れてしまいます。

しかしそれだとカロリーが高いので、
あまり飲まなくなってしまいました。

飲むときは、必ずたくさん砂糖を入れるので、
一緒にいる人は奇異な目で見てきます。
日本人はコーヒーに砂糖をほとんど入れませんからね。

ただし、ぼくも普通のコーヒーや紅茶のときは入れません。
あくまでも濃い紅茶やコーヒーのときだけです。

まあ、それはいいのですけど、とにかく中東の紅茶はうまい。
イギリスにはまだ行ったことないですけど、おそらく世界一でしょう。

とくに生ミントを入れて飲むお茶は、
まさに砂漠における一服の清涼剤です。

トルコはもちろんお茶文化。
なので、ぼくも嬉々としてお茶を嗜んでいます。

もちろんトルコ・コーヒーも有名ですが、
(挽いたコーヒー豆を直接湯に入れてカップにそそいだコーヒーのこと)
これもうまいですが、キューバ・コーヒーには負けますね。


ところで、今日はスパイス・バザール(香辛料市場)の中にある、
有名なレストラン『パンデリ』に行ってきました。

手持ちのガイドブックには載っていませんでしたが、
ゴルバチョフや英国女王などもお忍びできたレストランです。

市場の中にあるので、騒がしいようですが、
このレストランの中だけは特別、静かになっています。

市場の中はまるで迷路状態ですが、有名なレストランなので、
誰に聞いても親切に教えてくれました。

オスマン(トルコ)宮廷料理は断念しましたが、
ここでそれにちかいものを食べることにしました。
観光客はあまり来ないところなので、それも良いです。

店内は青タイルで統一されていて、
ちょっとイスタンブールの象徴、ブルーモスクみたいです。

トルコ・ワインは赤、白ともになかなかいけます。
なので白のフルボトルを注文して、飲みながらメニュを眺めます。

注文したのは、まず前菜に「ナスのパイ、ケバブのせ」と、
「トルコ風スープ」。マメをすり潰したスープですね。

それから魚は「シー・バスのバターソース」。
ここの名物です。

メインは単純に「ミックス・グリル」。
ケバブ(串焼き)やキョフテ(肉団子)、骨付き羊肉、
鶏肉焼、羊肉のフィレなどがのっている一般的な皿です。

トルコにきたらワインはお奨めと書きましたが、
スパークリング・ワインは高いものでも不味いですが、
これは仕方ないですね。

ラクというトルコの酒もおいしいですが、かなり強いのと味もきついです。

どの料理も素敵においしかったのですが、やはり面白いのは魚料理。
バターソースと魚を紙で包んでオーブンで焼いたものですが、
とても上品で、ここがトルコだということを忘れてしまいました。

自分で好みに塩をふって味を調えるのですが、そのままでも旨い。
南仏の魚料理と、互角に張り合える味でした。

とはいえ、魚料理は日本が一歩先にいっているとは思いますが。。。

食後のデザートはパスして、最後に紅茶を注文。
丸グラスを日本茶のようにして飲むこのトルコ式紅茶は、
最後を締めくくるのに最高に旨いデザートです。
第一、とても甘くしますからね。

アップルティもよく見かけますが、これはただの「ジュース」です。
おみやげでも、決して買ってはいけません。

買うなら、必ず中身をチェックして、ナチュラルな乾燥アップルにしてください。
(ただの「アップルティの素」的な粉末ジュースが氾濫しているため)

ということで、宮廷料理は諦めましたが、
なかなか良いレストランに行けました。

帰りぎわ、食後の散歩をかねてガラタ橋をわたって新市街の方へ。
歩くついでに、ついついサバ・サンドに手がのびてしまいました。

一つ、240円は安い。自分で塩とレモン汁をかけて食べます。
釣り人の列を見ながら、サバサンドをほおばりました。

掛かりつけ医に注意されているため、もう少し痩せなくてはならないのですが、
こればっかりは無理なようです


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イスタンブールA エジプト編

2009/11/18 00:00
イスタンブールのついでに、国内線のような小さな飛行機で、
エジプト・カイロにも行ってきました。

イラク取材以来、中東が気に入っているぼくは、
エジプトが懐かしかったです。

以前、一度乗換えで立ち寄って以来なので、
五年ぶりになります。

ひさしぶりのエジプトは、空港も新しくなっていて、高速までできていました。
テレビ番組「世界弾丸トラベラー」みたく二十時間くらいの滞在だったのですが、
ピラミッドも立ち寄ることができて、一時間くらい眺めることができました。

取材のためにタクシーと交渉したのですが、
泊ったのが、ビジネスマン御用達のエアポートホテル。

タクシーを斡旋するホテルの旅行会社で交渉すると、
だいたい六時間で八千円とのこと。

前回はたしか、五千円くらいで行ったような気がしたので、
守衛さんや、ホテル・リムジンの運転手に話しかけて相場を確かめると、
だいたい四千円くらいとのこと。それでも高すぎるけど。。。というので、
外国人にはこの値段だとわかりました。

それで自信をもって交渉したのですが、タクシー斡旋業者は引かず。
さらにホテル・スタッフに尋ねると、タクシー斡旋業者とくっついてるのか、
知らないの一点張りでした。

仕方ないので、交渉は翌朝に持ち越されました。
これはインド式の交渉術ですね。
シャイ(紅茶)を飲みながら、長々と交渉を楽しむわけです。

まあ、タクシー斡旋業者の八千円でもいいのですが。。。
この値段ではドライバーは英語を話せて、車が良いものになります。

しかし、こうした斡旋業者はいろいろとみやげ物屋に連れて行ったり、
こっちが雇っているのに、市内を自由に動いてくれない場合が
とても多いのです。英語は絶望的です。

ぼくが聞いたときも、マダム・ムニャムニャのギャラリーに行くとか、
市内のミュージアム(実はみやげ物屋)を案内するとか、
余計なオプションがつきます。

ぼった上に自分たちがマージンをもらうみやげ屋に寄るというのですから、
とんでもないバカ野郎どもです。

さらに、外国人用なので多額のチップを要求してきて面倒だし、
料金も先払いなので、かなり不利です。
(先払いだと怠けるし、その上さらに要求してくることが多い)

こうした交渉ごとは先にしておく方が、結局最後は楽なのです。
ここに至るまで、ずいぶんぼくも損しているので、もう慣れっこです。

結局、こうしたことはお金が絡んでいるので、
彼らも絶対に行ってくれるのはわかってますから、
翌朝にまで持ち越すことにしたのです。

それで翌朝、さらに斡旋業者は人を代えて交渉したので聞くと、
六千円まで下がっていました。

しかし、スタッフの態度が悪いのと、時間にやたらうるさい。
つまり、五時間で六千円だとか言ってくるので、
「馬鹿野郎」と、ぼくもここにきて交渉を打ち切りました。

中東は絶対的に予定どおりいきませんから、
「五時間」と言われると「三時間」しか動かないと思って良いでしょう。

ぼくはイラクで一週間の契約をしましたが、
結局、五日間しか動きませんでした。

「母親が死にそうだから行かなくちゃ」とか、
ドライバーが何とか言ってくるのです。

だいたい、六千円でもかなり高いですからね。
みんながこんなだと、国力が下がるのもしょうがないですが、
実際、日本も戦前まではこんな感じだったそうです。

それはともかく、外で交渉しようと思って出て行くと、
ホテルスタッフが走ってきて、「六時間なら、三千円でどうだ」。
「それでいいよ」というと、今度はその三千円ドライバーが、
「本当は四千円だから、何とか四千円でいってくれないか」
と、頼みに来ました。

この時点で、三千円でもかなり高いのですが、
外国人客としては妥当なレートです。

ぼくもエジプト滞在は時間との闘いなので、これ以上下げるためには、
ダウンタウンの安宿に泊り、そこで紹介してもらったドライバーと
交渉しなければなりません。
さすがにそこまで悠長なことはしてられませんから、

「ダメだ、三千円だ」
「そこを何とか」
「じゃあ、キチンと仕事してくれたらチップをはずむから」
「えー、そんな。。。」
「良い仕事してくれたら、千円をチップとして払ってもいいって言ってるんだよ」
「ムムム。。。」

これで交渉成立。このときドライバーはまだ渋っていましたが、
ホテルスタッフや横でブラブラしてる兄ちゃんが「それでいいじゃないか」と、
さすがにぼくの肩をもってくれたのです。

まあ、三千円でもいい値段のはずですから、ふざけた野郎ですが。。

この後も、ドライバーは細かなことを嫌がったりしてましたが、
チップをちらつかせて何とか予定通りの行動をさせました。

こうなると、例えは悪いですが、サーカスの動物の調教みたいなもので、
アメとムチでコントロールするしかないです。

しかし、最近思うのは、日本人もよく似たものだなーということです。

人間って、損得でしか動きませんから、日本では交渉することがないだけで、
考えていることは、どこも同じなのではないでしょうか。

日本は治安が良いから、ぼられたり危険を感じないのだと言う人がいますが、
日本人でもそういう被害にあう人は、海外でなくても、
どこででも、そうした被害に合うぼやーっとした人が多いです。

ただ中東は千年前から戦争を繰り返してきたので、
こうしたことが延々と続けられてるだけのことだと思いました。

それにしても、イラクで取材した経験があると、
だいたい中東方面の交渉はスムーズにいくので、
これは経験が助けてくれましたね。
まあ、そこに行き着くまでにはかなりボラれてるわけですが。。。

それで、仕事が終わって、ピラミッドもさっさと見学できました。
さらにうまいローカルレストランに案内してもらい、
ホテルに寄って荷物をピックアップしてから空港まで運んでもらいました。

きちんと良い仕事をしてくれたので、
ドライバーには「四千円」を渡したら、すごく喜んでました。

もともと三千円での契約だったので、千円の大盤振る舞いでしたね。
だけど、最初の八千円から半額になったので、
貧乏旅行でもないことだし、まあこれで良しとしましょう。

「たつ鳥あとを濁さず」の精神ですね。
現地の人に喜んでもらってこそ、日本人の矜持というものです。

それでとんぼ返りに、イスタンブールに戻ってきました。
戻ってきたら、日本でもないのにホッとしたので、不思議なものですね。
イスタンブールではタクシーもメーター制なので、交渉が少し減るからです。

しかし、サバサンドは食べましたが、まだ宮廷料理は食べていません。
どうも、食べれなさそうです


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イスタンブールにて

2009/11/16 00:00
イスタンブールにきています。ちょっと予定がずれて、
一週間の滞在になってしまったので、バタバタとしています。

こちらは気温も東京並みですが、天候が不順で、
晴れたり雨が降ったりしています。

前回はイラク帰りで中東料理にも飽きてしまい、
イスタンブールにある韓国料理を食べてブラブラしていただけでした。

なので、ぜひトルコ宮廷料理を食べようと思っていたのですが、
忙しくてそれどころではなく、昨日ようやく、
キョフテ(肉つくねの串焼)を食べたのみです。

今日はホテル朝食と、昼食はサンドウィッチ、
夕食はイタリア料理店でパスタでさっさと片付けてしまいました。
ぜんぜんトルコ料理を食べていない。。。

キョフテ屋では、隣席に座っていたトルコ人のおばさんが、
4皿くらい食べているので、こっちも負けじと食べたのですが、
2皿で降参してしまいました。

このキョフテ屋はガイドにも載っている超のつく有名店で、
地元の人と観光客でいつもにぎわっています。

それと、ぼくのお気に入りは、
塩がこれでもかというくらい付いたナッツです。

中東にきたらこの塩辛いナッツを食べるのが楽しみなんですね。
日本のナッツはぜんぜん、塩味がしないですが。

中でもピスタチオの塩まみれを探しているのですが、
なかなかないですね。

この塩がいっぱい付いたピスタチオは大好きで、
ヨルダンでは夕食代わりにしていました。

あとおいしいのは「塩サバ」。

イスタンのサバサンドはとても有名ですが、
ヨルダンなど海岸沿いの中東国は、
どこでもだいたい塩サバがうまいです。

味は、日本のものとまったく同じですが、
塩が良いのでさらにうまいかもしれません。

ご飯があれば、新潟県人なら三杯は軽いくらいおいしいです。

塩サバどころか、サバサンドもまだ食べていないので、
帰国前にはぜったいに食べてみたいです。

宮廷料理も、食べれるまで帰れません


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昨日は雨

2009/11/12 00:00
昨日は雨の中、大船まで知人の見舞いに。

明日13日からイスタンブールに行くので、
それまで仕上げなければいけない原稿があったのだけど、
どうしても見舞いも行かねばならなかったので、大船へ。

海外渡航前はいつもバタバタしてますが、
今回はいろんな不幸が重なってしまい、本当に困ったものです。

大船で、久しぶりの八木澤キャパと落ち合い、一緒に病院へ。
残念ながら検査中だったので、関係者に挨拶だけして、
そのままキャパとカフェで少し話して別れた。

新宿へ出なければいけない用事があり、
乗換えが大変だなーと思っていたのだけど、
「高崎行きというのが出ているぞ」とキャパ。

そのまま新宿へダイレクトに行けると、教えてくれたので、
良かったです。横浜っていうのは、意外に便利ですね。

八木澤キャパと、
「ぼくらみたいな紛争地をほっつき歩いてるのがピンピンしてて、
ただ日本で生活してるだけでも病気になる人もいるんだなー」
などと、人の運命ということを話しながら駅まで帰りました。


明日からイスタンブールへ行ってきます。
結局、原稿はあと100枚を残してしまったので、
残りはイスタンブールで書きます。

昔はこういうの、格好良いなーと思っていましたが。。。

冷静に考えてみると、長期ならまだしも、短期で海外に出かけて、
部屋でずっと原稿を書いているというのは、アホのやることです。

しかも、ぜんぜん売れっ子でもないのに。。。
いまだにマヌケな旅をしている。。。



イスタンは以前、イラク取材のときにキャパと行って以来です。
あのとき、ぼくらはイラク戦争取材でくたくたに疲れた状態で、
経由の関係でイスタンに引き上げてきたのでした。

そして、ぼくは引き続き「被差別の食卓」の取材をするために、
イスタンブールからブルガリアへ向うことにしました。
このまま日本へ帰っても、原稿料が稼げないからです。

最後に、二人でボスポラス海峡が見渡せるレストランで、
ムール貝やイカのフライを食べながら、トルコ・ワインを飲みました。
そしてヘマばかりしていた、ドジなイラク取材について語り合いました。

それから旧市街にあるスィルケジ駅でキャパと別れ、
一人、寝台車でソフィアへ向ったのでした。

今回はいろいろとやることがあって忙しいのですが、
せめてトルコ料理は堪能したいと思います



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新刊「日本の路地を旅する」のお知らせ

2009/11/09 00:00
上記・表紙にも載せましたが、来月、2年ぶりの新刊が出ます。

「日本の路地を旅する」(文藝春秋)という本で、
実話ナックルズの連載などが元になっています。

でも、ナックルズの連載とはがぜんぜん違うので、ほぼ書き下ろしです。
だからもし読者の人がいたら、別物ですから期待しないでくださいね。
内容は「旅行記×私小説」みたいな感じでしょうか。。。

当初は「これ一冊読めば、みんなに路地とは何かわかるよーに」
と思って始めた旅ですが、いざ書いてみると全く違う本になってしまいました。

自分としては、処女作『被差別の食卓』以来の力作になったと自負していますが、
ホントーに自負だけで終わらないよう、宣伝も頑張りたいと思います。。。

周囲の方々へのクリスマス・プレゼントに、良い子のお年玉代わりに。。。

そりゃ、無理か
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保守

2009/11/07 00:00
今日、偶然に障害をもった少女が普通中学校に行くニュースを見た。
長生きするもんだなあと思うのは、こういうときだ。

というのは、二十代くらいまでは
「無条件に行かせるべきだ」と思っていたのですね。

しかし、今の年になると、
「うーん、教員委員会にもいろいろ大人の事情があるんだなー」
と思うようになった。

詳しく書くのは面倒なのでしないが、
障害にもさまざまなレヴェルがあるので、一概にはいえないことが多い。

また教育委員会という「保守の巣窟」の考えていることとか、
そういう一般的には「当たり前」のことが、
年をとって理解できるようになった。

障害者については、今でも基本的には条件さえ整えば、
「普通校に行ったほうが良い」と思っている。

しかし、そう思うにいたる「プロセス」に変化が生じたのを、
最近とみに感じるようになった。

ぼくは高校・大学と左翼に関わっていたことがある。
「最後の左翼」みたいなものですな(あ、でもまだいるか)。

ところで先日、東京駅の前でデモをしていたので、
警戒していたおまわりさんに「なんのデモですか?」と訊ねたら、
「極左です!」と言われた。しかし極左って、久しぶりに聞いたな。

ぼくはこれを長年「ごくさ」と読んでいた。
「きょくさ」なので、気をつけましょう(俺だけか^^)

そんなことはどうでもいいのだけど、高校生の頃に思っていたのは、
「右翼ってどうしてそう考えるのだろう。不思議だなー」ということだ。

それで右翼のことが知りたくて仕方なかった。
理解できなかったからだ。

つまり、右翼はちょっと極端だけど、
保守のことが理解できなかったのですね。

ぼくは今でも理解できないものに出会うと、
それをできるだけ理解したい!と思ってしまう。

理解できないと、何となくもぞもぞして気持ち悪いからだ。

まあ、最近は自分の限界も自覚するようになってしまい、
結局は「理解してるつもり」になっているだけなのですが。。。

それで36になって、保守的なことがとてもよく理解できるようになった。

ところで先日、ミリオンの担当と話していると、
「ぼくは一度決めた法律に、反対とか言うの人がわからないんですよね」
と、彼が言うのを聞いて、その無気力ぶりに驚いたことがある。

彼は「セックスは月一でいい」という、
いま流行最前線の「草食系男子」でもある。
まことに草食系的な発言で、一々期待を裏切らない男である。

それで以前のぼくなら、
「この人は既成のことについて無批判、惰性で生きている人なんだな」
と、ちょっと批判的に思ったものだけど、いまはぜんぜんそう思わない。

「この人は政治的なものに興味がないんだな」
と、思うようになった。

まあ、つまり変化といってもこれだけのことなんですけども、
ぼくとしてはちょっぴり大人になったというか。。。そういう気がする。

保守的なことがわかると、
なんかとっても嬉しい、得した気分になりませんか?

俺だけか

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